若き歯科医へ
5 年後、10 年後に、この症例がどのような結果になっているだろうかというようなことは、考えてもいなかった。毎日が、目の前の症例に、今持てるだけのわずかな知識と技術を総動員しての日々で、診療後は、インレー、クラウン、ブリッジ、焼付にまでも取り組んで、地下鉄の最終便に間に合わない日々を過ごしていた。
開業後の数年は、自分の大切な場としての診療室が生活のすべてで、家庭も子供も省みることなく、それでも熱い充実した時期であったと思っている。
限られた、歯科医としての人生が、平均的には40 年とするならば、今、どのあたりを走っているかという時間の流れの中で、自らの生き方をとらえてみると興味深い。
人生には、人それぞれにさまざまな生き方がある。私たちは歯科医として、どのような人生の道を進んでいくのだろうか。ふと気がつくと、何も考えずに過ごしてしまった刻ときの長さに、心を痛めている。
これから続く若き歯科医の皆さんは、熱き、情熱に満ちた時間を、出来るだけ長く、多く体験していただきたいと思っている。
今回は、開業初期の臨床例の中から、天然歯をどこまで保存できるか、歯を抜かず、削らず、歯の神経を守る歯科医療について、出来るだけ長期の経過症例についてご報告させていただきます。
平成29年3月12日(日)に同窓会本部主催で全ての歯科医療関者・特に若き歯科医師を対象にした講演会が開催されました。講師に愛知県名古屋市ご開業の斉藤佳雄先生をお招きして「歯科臨床40年の軌跡」- 長期症例から何を学ぶか – という演題でご講演頂きました。
午前の部ではメタボリック症候群によって高血圧、肥満、高脂血症、高血糖につながるメタボリック・ドミノの中で、源流となるう蝕や歯周病を治療することによりドミノ倒しを予防する、言い換えれば「歯を守ることは全身の健康を守る第一歩である」というお話から始まりました。
さらに糖尿病、脳梗塞などの全身疾患を抱えた患者の症例を通して口腔ケアの重要さを強調され、歯科衛生士にとって「これらの患者が自分自身で良好な口腔状態を維持出来る様になるためのサポートすること」すなわち「患者自身に自分で治すことが出来ると実感させること」にやりがいを見出すことこそが重要であるとお話されました。また患者の自然治癒能力を引き出すことが歯科医療の神髄であることを背景に多くの臨床例を通してブラッシングの威力を中心に原因除去療法の重要性にも触れて頂きました。
一方、修復治療においては欠損部を隣在歯と接着した天然歯(抜去歯)を応用したポンティックの症例を題材に長期症例から天然歯の切削を最小限に抑えることの重要性を示されました。エンド治療においては治療法の変遷に触れながら40年の長期経過を中心にその当時の治療を振り返って頂きました。
午後の部では難症例のエンド治療を約10年間経過観察した後、最終補綴に移行した症例など、一本の歯を残すために努力を惜しまない歯科医師としてあるべき姿に感銘を受けました。さらに10年以上の長期症例から裏付けされた歯根挺出法(矯正的、外科的、自然)や破折歯根の接着・再植保存法、歯の移植の優位性は非常に説得力のあるお話でした。
最後には臨床の記録を撮ることや症例報告を通して自己研鑽することの重要性や「自らの症例を通して臨床を学ぶことの意義」についてのメッセージを受講者に伝えて頂きました。 本講演を通して様々な患者背景を含めた長期症例を通して「新患ではなく医院に通い続ける旧患を増やすことが重要」「多くの旧患によって歯科医院は支えられている」と強調されたことが心に響きました。貴重なご講演を賜りました斉藤佳雄先生に深く御礼申し上げます。