総義歯は難しいと言われるが、確かに難しいと思う。総義歯には解剖学的な知識だけではなく沢山の知識が必要である。しかもその知識を生かすための技術がなくてはいけない。よく歯科医は歯科技工士に技工作業を依頼するが、その知識レベルが異なっているとその分の齟齬が生じる。歯科技工士に技工を依存しているような状況でなく、歯科技工士には技工を指示するのが本来である。しかし多くの場合に歯科技工士の方が知識が多くて依存しがちである。両者が同じ知識を持って症例にあたり、1 つの症例が終わった時に両者には新しい知識の革新がなくては意味がない。
総義歯の臨床相談をよく受けるので、その問題点の解析をしてみると多くの問題点を持っている。それはマイナス点を多く持っているということである。床縁が長すぎる、研磨面が雑である、人工歯の排列に法則性がない、彎曲ができてない、削合ができてない、フルバランスからほど遠い、人工歯の位置が悪い、人工歯の選択が間違っている、目標がない、印象が凸凹、支持領域が不足、外形が凸凹、小帯が見えない・・・・これらの単独での問題点がある上に最後には咬合採得の顎位が悪いということになって決定打である。
義歯の学習は簡単である。それは良い義歯を見てその条件を眼で見て、手で確認することである。しかし学習が出来てもそれを実現することは至難中の至難である。見たこと、知ってることが実現出来ないことである。人工歯の排列で隣り合う人工歯の辺縁隆線の高さが揃ってなくてはいけないということは誰でも知っている。しかし排列を見ると高さの揃ってない義歯を持って来る。揃えられるかどうかで運命が決まる。これらのマイナス点を無くすことがまず必要である。マイナス点をなくしても良い義歯ではないから困る。患者は決して幸せではない。
幸せの義歯とは、このマイナスがないことを出発点として、様々なプラスを与えることで実現出来る。ではどのようなことがプラスの要素を持った義歯なのか?
結果的に義歯を装着することによって舌位が改善され、顎位が改善されることが目標である。そのためには義歯にプラスの構造を与えることが必要である。それが咬合平面であり、咬合様式であり、床縁であり、彎曲であり、削合であり、研磨面形態などである。最終的に義歯を装着していない時に比較し、咀嚼・発音・嚥下・呼吸・歩行などの改善がある。義歯は欠損した歯や歯周組織を補うだけではなく、更に良い機能を与えることが可能である。咀嚼が出来ると言っても過食できない義歯である。
『義歯は不便だが不幸でない』とは究極の義歯で言われることであるが、今回は『義歯は不便だが幸せである』と言わしめる義歯にするためのいくつかのヒントをお話ししようと思っている。
平成29年10月1日(日)愛知学院大学歯学部楠本学舎にて、第3回ポストグラヂュエートコースが開催されました。講師に、日本歯科大学名誉教授の丸茂義二先生をお迎えして、「幸せのグラインディングデンチャー」という演題にて講演を賜りました。
先生は、補綴物の顎位や舌位が咀嚼のみならず、身体の多くに影響することを熱く語られました。下顎後退位、舌後退位、低位舌は様々な原因があり、総義歯について義歯作成の段階における注意点を細部にわたり説明されました。顎位を後退位で作成すればChopper義歯となり、顎堤のみならず、身体までも傷害し、筋肉位で作成すればGrinding義歯となり、食事は美味となると話されました。
更に舌位については、舌の位置不良であることが舌骨の後退位を作るのであり、このことが原因で甲状軟骨を低位にし固定源の低下は誤嚥を招いたり、胸骨を低位にし、呼吸機能抑制、歩行機能低下など重大な疾患も引き起こしかねないと話されました。
総義歯製作で最も配慮すべきは舌位であり、舌の位置は顎位を示し、本日のテーマである幸せ義歯は「Grinder義歯」であり、顎位を最後退位、舌位が最後退位にならないことを配慮すべきであるとそのチェックポイントを詳細に説明されました。